
第三章:東山(Higashiyama) – Last 605
― “静けさの中に光る一足” ―
「物件探しは、本当は誰がしても同じかもしれへん。でもな、不思議と“この人に任せたい”っていう気持ちがあるやろ。」
彼は不動産屋で、信頼できる数少ない“顔”のひとりだ。
朝、喫茶「はなふさ」で竹岡と交わした言葉が、ずっと耳に残っていた。
地元で不動産業を営む竹岡は、私にとって“気を遣わず相談できる相手”のひとりだ。
彼は、京都御三家である東山高校時代からこの街を歩き、地元の事情にも空気にも詳しい。
「ちょっと付き合って」と誘ったのが、東山界隈の中古物件の視察だった。

東山、記憶の余白を歩く
朝のうちは肌寒さが残っていたが、昼前には陽が差してきた。
知恩院の門前から少し西へ、静かな通り沿いに並ぶ町家の一つが今日の目的地だ。
「ここ、昔は甘味処やったはずやで」
竹岡がそうつぶやき、懐かしそうに外観を見上げる。
町家の空気は、時折歩く風の音さえ吸い込むように静かだ。
少し軋む床板の感触を確かめながら、彼は心の中で配置や用途を思い浮かべる。
「使い方次第で、まだまだ育つ。住もうというより、育てる物件やな。」
その日、彼が履いていたのは“東山モデル”――Last 605 – 007(ダブルモンク)。烏丸(600)や御池(604)よりもハーフサイズ上げたその靴は、ポインテッドトゥの鋭いシルエットが特徴。ほんの少し欧州靴を意識した色気のあるラストには、ビスポーク調の仕立てを施した。底付けはグッドマッケイ。フィット感は攻めず、幅広の自分にはこの選択が正解だった。

【街と靴は、よく似ている】
竹岡との打ち合わせを終えたあと、彼はふと思い立ち、青蓮院門跡の前庭に立ち寄った。仁王門を抜けた瞬間、空気が変わる。観光地の喧騒とは無縁の、静謐な時間が流れていた。
苔に覆われた庭の緑は、濃淡をまといながら足元に広がっている。背後では竹林がさやさやと風をはらみ、鳥のさえずりが遠くに響いていた。
石張りのベンチに腰かけ、彼はふうと一息ついた。光と影が交互に揺れる中、足元のLast 605が、まるでこの風景の一部のように佇んでいる。
「昔よく、こういう場所で考えごとしてたな…」
ふと思い出すのは、東京での暮らしではなく、それ以前の京都での学生時代。焦らず、背伸びもせず、自分の足で地面を踏みしめていたあの頃。今また、この東山でその“感覚”を取り戻しつつあることに、彼は少し驚いていた。
苔庭を眺めながら過ごすこの余白の時間は、東山モデルにふさわしいひとときだった。洗練されているのに、どこか余白がある。それは靴も、街も、そして自分自身も同じなのかもしれない。

【東山 – Last 605】について
この日、履いていたのは“東山”モデル――Last 605。
シャープなポインテッドトゥに、グッドマッケイ製法を合わせた構造。
ビスポーク調の仕立てが映えるようにデザインされたこのラストは、欧州靴を意識しながらも、日本人の足に合わせた緻密な設計が光る。
同じブランドの“烏丸(600)”や“御池(604)”と比べて、ややタイトな作り。
ジャストサイズで攻める選択肢もあるが、幅広の彼はハーフサイズを上げて履き慣らす。
かかとをしっかり支えるヒールカップと、踏まずの立体感。
そのすべてが、一歩ごとに足と対話するような快適さを生んでいた。

今回の一足には、アノネイ社製のダークブラウンカーフを採用。
世界でも屈指の品質を誇るレザーであり、昨今は入手が難しくなっている。
光の加減で艶が浮かび上がるその革は、町家の軒下を歩くたびに違った表情を見せた。
参考モデル:東山(Higashiyama) Last 605 – 007(ダブルモンク)



