
第ニ章:御池(Oike) – Last 604
― “ほんの少し力の抜ける靴” ―
「仕事で選ぶのが“烏丸”、心の余白で選ぶのが“御池”かもしれませんね。」
彼がそう言って笑ったのは、商談帰りの午後。地下鉄の改札を抜け、烏丸御池の交差点へ差しかかったときだった。

40代半ば。京都生まれ。東京の企業で鍛えられ、数年前にUターンしてきた。今は地元で小さな会社を経営している。散策と喫茶店が趣味という彼は、週に一度、午前のアポイントを入れずに「ただの余白」として街を歩く。
その日、彼が選んでいたのは御池モデル――Last 604 – 002(ホールカット)。英国製チャールズFステッドのスエード革にてオーダーしたもの。エッグトゥのほんのり丸みを帯びたフォルムに、陽の光がふわりと落ちていた。
「烏丸のシャープなセミスクエアは、対外的な顔。だけど、御池のこの柔らかさは、素の自分に戻れる時間と場所を思い出させてくれるんですよ。」
確かに、御池通りにはそんな空気がある。四条のような喧騒はない。かといって静かすぎず、凛とした気配と程よい余裕が並んでいる。

彼は「京都国際マンガミュージアム」前を通り過ぎて歩いていく。「スターバックスコーヒー」でカフェラテを一杯。手にはタブレット、足元はブラックスエードのLast 604。
少し時間が空いている。ふと目に留まったのが「大垣書店 烏丸三条店」。
静かで落ち着いた空間には、知的な温度が漂っている。
彼が向かったのはビジネス書の棚。長年愛読しているシリーズの新刊を見つけると、自然と足が止まる。
背筋を伸ばし、本を開く。少し重心を左足に預けて立ち読みする姿は、どこか絵になる。
実は彼、学生時代は陸上競技に打ち込んでいた。左足を怪我したせいか、小指のあたりが少し張りやすい。
「だから、小指の部分にはのせ革をお願いしたんです。」と彼は笑う。
そのひと工夫があるだけで、立ち仕事や移動の多い日も、足元はずっと穏やかだ。
本のページをめくる手元と、リラックスした足元。そのバランス感が、まさに“御池モデル”らしい。
「仕事で選ぶのが烏丸、余白で選ぶのが御池」。彼の言葉が、また一段と腑に落ちる瞬間だった。
午後は御池の取引先へ顔を出し、そのあと「コエ ドーナツ」でスタッフと軽いランチミーティング。ドーナツの香ばしさとともに、交わされる会話は、どこか柔らかかった。

ランチミーティング後、偶然再会したのは東京時代の同僚・近藤。
「おまえ、昔より、ずいぶん柔らかくなったな。」と笑いながら、彼は靴を見た。
「それ、いい靴だな。前よりちょっと丸くなった感じがする。」
「御池モデル。エッグトゥっていって、少し丸みを入れてる。」
「…おまえの人柄がそのまま出てるな。」
バリバリの営業畑で、資料に目を光らせていた彼も、今は人の目を見て話す余裕がある。
「京都に戻って、変わったんじゃなくて、戻れたのかもな。」
街と靴は、よく似ている。御池という街に似合う靴とは、きっとこういう一足なのだろう。
そして、この柔らかさを醸し出す男の歩き方が、またひとつ街の風景になっていく。

Last 604 ― 烏丸ラストと同じサイズ感に、わずかに丸みを帯びたトゥ。
角が取れたそのフォルムは、装いに「厳しさ」ではなく「整い」を添える。
革靴の印象がほんの少し和らぐだけで、スーツ姿が「堅さ」から「洒脱」へと変わる。
仕事に“緊張感”は必要だが、ずっとピンと張っていたら、心はどこかで疲れてしまう。
靴にもまた、少しの「遊び」と「余白」があっていい。
夕方、彼は御池の裏手にある静かな割烹へと向かった。暖簾をくぐるとき、靴を脱ぐ所作までが自然で美しい。
柔らかいトゥラインが、今日一日の緊張を、ふんわりと包み込むようだった。

“角を取った美意識”が、装いにやさしさを宿す
御池ラストは、セミスクエアよりも柔らかく、ラウンドよりも端正なエッグトゥ。
適度な丸みと絞り込みがあり、足元に穏やかな知性と清潔感を添えます。
いわば「角を取った美意識」。ビジネスの“きちんと感”は保ちつつ、どこか人懐っこい印象を生み出します。
サイズ感は烏丸(600)と共通しつつ、つま先の設計をわずかにカーブさせることで、硬さの中に「余白」が生まれる。スーツだけでなく、ノータイのジャケパンにもすっと馴染む。デスクワークから会食、カフェでの打ち合わせまで、1日を通して“浮かない”柔軟さがこの靴にはあります。
参考モデル:御池(Oike) Last 604 – 002(ホールカット)